2013年7月5日金曜日

イズミールとコンヤ→ギョレメ(8月15日)

列車内で朝食(チャイも2杯ついてくる。最初に1杯と、食後に1杯分けてもって来てくれた。)を食べて駅に到着。

arrives in Konya at 07:22am 

コンヤ駅からコンヤの街の中心地は離れている。駅からドルムシュやタクシーで移動しても良かったけど、ほとんどの人が歩いていくので、30分ほど街を見ながら歩いていく。

コンヤはスルーして、ギョレメに直行でよいかもしれない。

コンヤ駅の手荷物預かり所(ないかもしれない)。
駅は分からないが、オトガルならあるかもしれないとの英語情報。
現実的にはタクシー、または頑張って自分で運ぶしか方法がない。

現在も、観光地として栄えているが、ローマ時代のものを見たければ、博物館に行くしかない。

コンヤ考古学博物館
inscription that includes the name Iconium, now in the Archaeological Museum in Konya.


パウロがどこを訪ねたのかも、現在ではまったく分からない。
あえて行くなら、コンヤ聖パウロ教会(1910年設立)
住所:Mimar Muzaffer Cad. No.32 Konya, 42200 TR

当時の町は現在の町の地下に埋もれている。パウロは3回の伝道ともこの地を訪れています。ユダヤ人の迫害にあった場所。


使徒言行録によれば、長い間、コンヤに滞在した。
「二人はイコニオンに長くとどまり、主を頼みとして勇敢に語った」(使徒14・3)

イコニオンは、紀元前二五年に、ローマ 帝国に併合され、ローマのガラテヤ州の中に入れられました。ここは、使徒たちにより 訪ねられたすべての町の中で、今なおコンヤとして存続しています。
当時はローマの植民地で、商業都市
バルナバを伴ってこの地(使徒13:51、使徒14:1-6)
何度か来訪(使徒16:1-2、使徒18:23)
ユダヤ人による反対運動(使徒14:2・5・19、Ⅱテモテ3:11)、
ガラテヤ人への手紙は、この地域を含む南ガラテヤの諸教会・デルベ、リストラ、イコニオンにあてたものです。



すぐにギョレメに移動してもよい。
コンヤのバスターミナル(オトガル)、街の中心地から北約14kmにある。
中心地へは、オトガルの東側から出ているアラエツティン・テペシ行きのトラム(路面電車)がある。
鉄道駅は中心の南西部に位置する。
ミニバスが30分間隔で運行されている。

コンヤからの長距離バスはギョレメに直行可能なSuhaバスへ。


ギョレメのオトガルの詳しい情報




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第1位 Topdeck Cave Restaurant